この記事に対しての韓国人のコメント(共感の高いものから抜粋)
共感22 非共感4誰が補償をしてくれだって?心のこもった謝罪を望むだけだ。そうしてこそ、未来もあるのだ。
共感17 非共感3米国も真珠湾襲撃や911事件を過去だからと忘れてタリバンと親しく過ごしては
共感12 非共感0ようするに独島は韓国固有の領土だと日本へ話して来なさいということ
共感11 非共感1安倍の野郎は、日本の首相として韓国は愚かな国家だと言い、韓国との協力の切って韓国経済崩しや、このような戯言を言う。この状況で何が未来の話だよ。日本の態度を見たら、韓日関係は過去もめちゃくちゃで、現在も同じだろう。ケリーと米国は、真に未来の国益を望むなら、日本の野望を防ぐのが賢明だろう。
共感7 非共感0戦争をする訳でもなく、何をどうすることもできないので、現実的には未来に向けなければならないというのは同意しますが、一緒に歩む相手が基本的な尊重をしてくれなくては話にならない。
共感5 非共感0今は日本に信頼がない。
共感8 非共感1在韓米軍の分担金の要求だけして帰ってくる答えは「独島はどこにありますか?」www これが同盟なのか?私はケリーが韓国に来た目的が何なのか分からない?誰が知っている人がいたら答えろ! 本当に知らなくて独島を通訳にきいたんだろうか?
共感4 非共感0日本との国交正常化をすることにまた戻るのはとても遠い道のりだが、しかし国交断絶はダメだ。関係実務者たちがお互いに話し合い、うまく進んでいると信じている
共感3 非共感0ケリー論理を北朝鮮に置き換えると、すでに作った核の保有認定をして今後、南北がうまくやっていけと言うのと同じだ、、、、一言で笑わせる。
共感3 非共感0独島を日本領土と言い張っている内は戦争が起こるのは明らかなのに、どう友邦か??? 40年支配して、すまないと言わない国と未来は何の未来?
共感3 非共感1過去を否定した未来は砂上の楼閣にすぎない~ケリーさんOK?
共感4 非共感2ケリーよ!
1.まず日本は過去の過ちの反省がないか、十分ではない。
2.日本が犯したいくつかの問題に対して補償がありません。
3.歴史を歪曲させて、他人の土地を狙っているゴミのような精神がある。
4.大韓民国は日本をあなたの一言で許せるような関係ではない。
5.結局、日本がドイツよりも、より大きな過去の歴史清算をおろそかにしている限り、基本的に日本との良好な関係にはなれない。
これが大多数の韓国人の考えだ。
共感5 非共感3ケリー、お前らの歴史から反省しなさい。李承晩が大学の恩師であった当時のウィルソン大統領に必死に頼み韓国独立を哀願する際、お前らの大統領と政界はすでに日本とフィリピンと韓半島分け合っていて権利を認めなかったではないか。それで過去より未来を云々言うのか?
李承晩が韓国独立(維持)を頼んだのはウィルソンではなく、ルーズベルトじゃないかな?日露戦争の勃発後に日本が軍事的・外交的・経済的に大韓帝国に浸透するのに危機感をいだいた高宗らは、1882年の朝米修好通商条約の第1条の「周旋条項」に基づいて、アメリカに韓国の独立維持のための援助を求めることを構想した。そこで英語が話せた李承晩を、アメリカに派遣した。ハワイを経由してアメリカに渡った李承晩は1905年8月、
時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトに面会し、アメリカの援助を求めるルーズベルト宛てのハワイ在住韓国人の請願書を提出したがルーズベルトは、請願書を公式のチャネルを通すよう求めた。
それを受けて李承晩は駐米韓国公使館に赴いたが、公使館は既に日本が押さえており、請願書をルーズベルトや国務省に送付することを拒否されたため、李承晩のルーズベルトへの要請は失敗に終わった。
その後、李承晩はアメリカに残り、ジョージ・ワシントン大学、ハーバード大学を経てプリンストン大学で博士号を取得した。この時期
プリンストン大学の総長であったのが、後に大統領となるウッドロウ・ウィルソンである。
なお1910年に日本と大韓帝国の間で締結された日韓併合条約により、大韓帝国は大日本帝国に併合されることとなる。
その後1919年4月10日、上海で結成された大韓民国臨時政府(略称:臨政)の初代大総理に就任し、9月11日からは臨時政府大統領となった。これまで独立運動においてほとんど無名であった李承晩が大統領に選ばれたのは、民族自決をはじめとした「十四か条の平和原則」を唱えたウィルソン大統領と人脈があると考えられたから。
一方で李承晩は、国際連盟による朝鮮の委任統治を提案していた。これは独立達成のためには委任統治というステップを踏むことが必要であるという考えであったが、これは左派の李東輝らの強い反発を受け、「第二の李完用」であると非難された。
李承晩は完全に政府から浮き上がり、1920年12月8日に上海に入ったばかりであったが、1921年5月に上海を去った。やがて弾劾を受け、1924年からは1925年3月21日には、大統領職も追われている。
以降はアメリカでのロビー活動に専念することになった。李承晩は「日本はいずれアメリカと敵対する、その時には朝鮮を戦友とするべきだ」、「日本の侵略を容認して朝鮮を見殺しにしたアメリカも同罪である」などと強い調子でアメリカの支援を要請したが、アメリカの支援は得られなかった。
wikipediaより引用:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%89%BF%E6%99%A9李承晩は臨政の大統領を解任されたあと世界の国へ手紙で独立の支持を訴えていますが、ウィルソン大統領へ面会した記録は残っていません。
単純に李承晩が入学した大学の総長だったという薄い接点だけで独立を頼まれてもねぇ。さすが情の国の人々ww 自己努力は棚にあげてといて、非常に薄いつながりにも関わらず、頼みごとを断られたと逆上するほうが基地外。
「昔、君が大学の総長をしていた時の生徒だったんだけど、お金貸して」と言われたらまず断るレベルの関係でしかない相手に独立など大事を頼んでOKするほうが異常。
共感1 非共感0過去の清算は必ずしろ。そしてできれば米国は韓国の見方をしてほしい
共感0 非共感033.1%の売国奴wwww